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山も旅も移住もちょっとした“おいとま”
鈴木みき 日常を山でリセットする

 

自分を見つめ直す手段としての登山
2020.03.30

鈴木みきさんといえば、数々の登山関連の著書を執筆している人気のイラストレーターだ。初心者にもわかりやすく、おもわず「うんうん」と共感してしまうそれらの本をきっかけに、山の世界に足を踏み入れた人も多い。
そんな彼女の最新刊のテーマは、意外にも山ではなく、移住。山梨の北杜市に移住した時の経験をまとめたものだ。移住、と聞くと「人生をかけて!」とか「骨をうずめる覚悟で!」なんていうイメージもあるけれど、彼女にしてみれば「わりとふわーっと」なのだそうだ。
「私の中ではただのお引っ越し。山梨の時も『山の近くに住みたいなあ』くらいのテンションでしたし、2年前に移住? いや引っ越してきた札幌にしても『やっぱり1度住んでみたい町だよねえ』というくらいの感覚で……」

移住、もとい引っ越しといっても、作業的にはやはり大変。忙しい仕事の合間を縫ってやるとなるとさらに。その労力を払ってでもする価値っていったい?

「40代って、若い頃のものもあるし、最近の趣味のものも増えてきてます。だいぶ物が蓄積されているんですね。環境を変えることで、それを1度リセットできる良さはありますよ。物もそうですけど、考え方や気持ちなんかも整理できるんですよ」
まさに人生の棚卸し。そうした良さは引っ越しだけじゃなくて、登山や旅といった鈴木さんが好むものたちにも共通したものがある。

「移住もそうですけど、山とか旅って私にとって、ちょっとした“おいとま”なんです。1度おいとまして、自分を見つめなおしてみる手段。移住だと数年、旅だと数ヶ月必要だから、あまり多くの人にはオススメできないかもしれません。でも山の良い所は週末だけでもそれができちゃうところ。自分をリセットする手段としては、すごく優秀だと思います。例えば映画好きの人が映画を観に行ってリフレッシュするのと同じ感覚ですね」

現在、鈴木さんが出している本は全部で16冊。それぞれテーマは違うけれど、伝えたいものは一貫している。
「結局は女の人生を描いているんだなあと思います。山とか旅、移住なんかは、人生を豊かにしてくれる私の場合の1要素。女の人の人生って本当にいろいろある。私の場合は山や旅でしたけど、なにか趣味があると、それが軸となっていろいろなものを乗り越えていける。そんなことを作品を通じて伝えたいと思っています。山を始めてから本を出すまでには十数年かかってるんです。その間、山にいろいろな経験をさせてもらって、先輩たちからもいろいろ教わりました。本にするのは、それに対する恩返しのような気持ちもあります。絵を描くのが好きな自分にできる恩返し」
山っていい友ツアーで広がる世界
10年前から「山っていい友!」という名前の同行ツアーも企画。漫画という枠を超えて、「ちょっとおいとましましょうよ」というメッセージを発信している。国内はもちろん、タンザニアのキリマンジャロ、マレーシアのキナバル、そしてカナダなど海外の山々へも積極的に行く。

「海外登山の入口になれば良いなあという想いはありますね。私自身がカナダ旅行時に行った山で「ぎゃーん!」となったのがスタートなので、いろんな人を海外にお連れしたいなと思っているんです。海外の山のスケールの大きさを1度知ったら癖になりますからね」
通常の登山以外にも、海外旅の時に鈴木さんが愛用しているのがグレゴリーのバッグたち。

「クアドロプロというトローラーを使っています。ホイールが4つなので空港などでの取り回しがしやすくて、しかも頑丈だから安心して預けられます。この中に30Lほどのバックパックを入れて、現地での行動中はそれを背負うというのが、自分の旅には合っていますね。だからバックパックのウエストベルト周りは柔らかくて畳めるのが好み。アンバーも丁度そんな感じですよね」
ツアーに参加するお客さんは、当然、鈴木さんの本の愛読者も多い。
「私の本を読んでくださる方って、明るくて協調性はあるんだけど、本当は独りが好きという人が多い気がしています。普段は、人に合わせることも上手にできるんですが、それがやはりどこかストレスになっているような。そういう人を海外の山に連れて行くと、解放されるんですよね。以前、ツアーに参加してくれた女性が『こんなに大きな声で笑ったの久しぶり!』」と仰ったことがあって。割と声が大きい方で、都会にいると周りからそれを注意されたりすることも多かったみたいなんです。それを聞いた時『もう、ずっと屋根のない場所に居させてあげたい』と思ったり(笑)」

「山っていい友!」ツアーには、鈴木さんの人柄が良く出ているなと思う、茶目っ気のある仕掛けも用意されている。
「ちょっと苦労してもらうようにしています(笑)。わざと日本語が喋れないガイドさんを入れてみたり。そうすると自主的になるんですよね。そういうところも旅の良い所だと思っているので、いわゆるおんぶに抱っこツアーにはしません。参加してくれる皆さんも良い人ばかりなので、すごく協力もしてくれます。例えば飛行機が遅れたとか、ちょっとしたトラブルがあっても、主催者側を攻めるんじゃなくて『調べてみますね!』みたいな感じで、一緒に旅をしている仲間という感じは他のツアーに比べたら強いかもしれません」
そんな鈴木さんがいまプライベートで訪れたい場所。それはこれまでに何度も通っているネパールだという。 「2年くらい行けてないから恋しくなってきちゃいました。ヒマラヤ近辺の村がすごく良いんですよ。私は都会育ちだから、いわゆる昭和の田舎とか経験したことはないんですけど、なぜか懐かしいんですよね。ハナタレ小僧とかいまだにいますもん。ああいうのを見ると、自分がいかに都会でいろんなことに気をつけて過ごしているかを痛感します。私はそんなに気にしていないタイプだとは思いますけど、そんな自分でも感じるということは、もっとちゃんとした人(笑)が行ったら、すごく解放されるんじゃないかな。

都会だと『いつも誰かに見られてる』とか勝手に思っちゃっていますからね。そういう過剰な“ちゃんと”から解放されるとものすごく楽しいんですよ。だからネパールが好きなんだと思います。旅に行かない期間が長くなると、そういう解放から自分がどんどん離れていってしまうんですね。それをもう一度リセットしたい。だから私の中では、旅も山登りも、そしてお引っ越しも、ひとつの目的のもとに繋がっているんです」
Text: TAKASHI SAKURAI Photo: DAI IIZAKA