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春夏秋冬、ホームマウンテンを遊び尽くす
中野豊和 縦走路を整備する

 

2023.09.06

新潟県が誇る名山といえば、妙高山・火打山・焼山の「頸城(くびき)三山」がある。越後富士ともいわれる美しい山容に加え、山腹に広がるブナ林、湿原に花咲く高山植物、さらに山麓に点在する赤倉・関・燕といった良質な温泉群の存在ゆえ、古くからハイカーに愛されてきた。そんな妙高エリアで登山ガイド、およびスキーガイドとして活躍するのが中野豊和さんだ。
子どもの頃、ボーイスカウトの活動を通じてアウトドアに親しむようになり、高校卒業後はC・W・ニコルさんらが設立した専門学校の、国立公園レンジャー養成専門過程に進んだ中野さん。専門学校のフィールドワークが、妙高高原にほど近い長野県の黒姫高原で行われていたこともあり、このエリアにはもともと馴染みがあったとか。

「このエリアを初めて訪れた時、直感的に『いいな』と感じました。いい山があって豪雪地帯で。それで卒業後、こちらに移住してきたんです」

世界でも有数の豪雪地帯である妙高高原は冬が長く、短い春〜秋の移り変わりがはっきりしている。11月末ごろから雪が降り始め、スノーシーズンは5月末まで続く。6月末ごろから徐々にグリーンシーズンが始まり、9月にはすっかり秋の装いに。11月にはまた冬支度が始まる、といった具合だ。
「夏は100名山である妙高山、火打山への登山者が年間2万人ほど訪れます。冬は、有名なゲレンデに加え、素晴らしいバックカントリーが広がる妙高高原へ、世界各地からスキーヤーが集まってくる。誰も知らない無名の山で、テレマークスキーでツーリングなんて楽しみ方も」

「いい山と豪雪」だけなら白馬エリアも候補にあがりそうだが、海へのアクセスのよさと、このあたりに特徴的な、なだらかな山々の連なりがポイント、と中野さん。

「急峻な北アルプスの山容もいいですが、妙高エリアの山々には見た目よりも奥深い魅力があります。たとえば、火打山の南側(山側)から山麓の街を見渡すことはできません。だから下界から隔絶されている感じがする。それだけ山が深いんです。グリーンシーズンもスノーシーズンも、深い山々を縦走するのが好きなんですね」
登山者とともに環境を守る、妙高の「入域料」
周辺一帯を含めて「妙高戸隠連山国立公園」に指定されているこのエリアでは、自然環境を保全するため、法に基づく入域料収受という取り組みが採用された。入域料というのは環境保護や登山道整備のための協力金の寄付を登山者に仰ぐもので、鹿児島県の屋久島や鳥取県の大山、青森県の白神山地などでも運用されている。妙高戸隠連山国立公園では笹ヶ峰登山口、燕温泉登山口、新赤倉登山口の3ヶ所に募金箱が設けられており、入山時に500円を納める仕組み。オンライン決済も受け付けている。
「ここで収めていただいた入域料は、登山道整備とライチョウの生態調査・保護活動に充てられています。あまり知られていないのですが、火打山はライチョウが生息できる国内北限地なのです」

妙高戸隠連山国立公園では、膨大な量の降雪により高山環境が守られてきた。けれど標高2400mほどの火打山は南北アルプスに比べると温暖化の影響を受けやすく、またライチョウの生息に適した環境も少ないのだ。
「これまでライチョウの保全活動や登山道整備といった山の生態系を守るための活動は、自治体や山小屋が主体となって行われてきましたが、人手も財源が限られている。そこで登山者にもその活動の一部を担ってもらおうと、入域料の取り組みがスタートしました。2020年に正式運用が始まり、現在では約8割の登山者が協力してくれています」

これからの課題は、縦走路が整備され、入山口と下山口がいくつもの自治体にまたがる場合の収受の仕組みを整えること。そして、10割の登山者に協力してもらうための仕掛けを考えること。
「まずは自治体が入域料の使い途についてわかりやすく発信していくことが大切ですが、登山者も『払ったからおしまい』ではなく、自分が払った500円がどこでどう活用されているのか気にしていただきたいと思います。そうすることで、使う方も登山者の目を意識してよりよい使い途を模索するはずですから」
荒廃が進む焼山へのルートを再整備
近年、中野さんが力を入れているのが、火打山〜焼山をつなぐ登山道の再整備だ。かつては妙高山から大倉乗越を経て火打山、焼山へという縦走路が整備されており、三山縦走を目的に訪れる登山者は少なくなかった。けれども1974年の焼山の大噴火以降、たびたび入山規制が行われるようになり、焼山に至る登山道は灌木や背の高い草に覆われてしまった。
「高谷池ヒュッテの以前の管理人が個人的に細々と整備してくれていましたが、近年は手を入れる人がいなくなってしまいました。入山規制が解かれても、刈払いが行われないので誰も歩かない。人が通らないからますます藪がひどくなり、通行止めになる。それがとてももったいないと感じていました。地図を見ていただくとわかりますが、燕温泉登山口や新赤倉登山口から妙高山、火打山を経て焼山に至る縦走路は、富士見峠から雨飾山まで繋げることができます。妙高市から小谷へ、糸魚川へと縦走することに夢を感じ、コロナ禍に補助金を得て仲間2人とともに整備を始めたのです」
機材を持って山にあがり、草や枝を刈り、歩きやすい道に戻す。整備それ自体は時間と体力さえあればできるけれど、林野庁や各自治体への事前の許認可申請、調整など、段取りがとにかく大変だった、と中野さん。妙高山から雨飾山を結ぶ縦走路に関わる自治体や山小屋の間で、妙高連峰をつなぎ、その縦走路を活性化させるというビジョンがタイミングよく示されたことも味方し、苦労の甲斐あって昨年2022年7月、焼山へのルートが公式に再解放された。
妙高山から雨飾山をつなぐ夢の縦走路
この縦走路は「頸城五山トレイル」という。全長のわりに有人小屋が少ないので、現状では上級者向けのルートになるが、3つの100名山を含む5山を繋げる縦走路は多くのハイカーを惹きつけるはずだ。
「とりわけ、火打山・焼山・金山(2,245m)間は、最奥部の静けさ、奥深さを味わってもらえます。全ての登山口に良質な温泉があるのもこのトレイルの特徴で、妙高エリアはもちろん、雨飾山には雨飾温泉や小谷温泉が、焼山から日本海側に下っても笹倉温泉があります。下山後はぜひ、温泉でくつろいで、電車やバスなど公共交通機関を使って歩いてきた山々を眺めながら戻ってもらえれば、より充実した山旅になると思います」

奥深い山歩きと温泉をセットで楽しめそうな「頸城五山トレイル」。現在、焼山から雨飾山への登山道上でのテント指定地は焼山山麓の泊岩があるのみだが、来年には雨飾山麓の大曲りもテント指定地になる予定だ。また、いずれは富士見峠に噴石避難用シェルター兼の避難小屋を設けるという構想も描いているそうだ。
「グリーンシーズンの登山から冬のバックカントリーまで、避難小屋として多くの人に使ってもらえたらいいですよね。それで将来、ここの管理人に収まる。それが自分の夢なんです(笑)」
誰が背負っても快適なパラゴンは、山小屋泊にぴったり
そんな中野さんがガイドや整備で愛用するのが、グレゴリーのバックパック。その付き合いは25年以上にも及ぶ。

「歴代のモデルはほぼすべて網羅しています。いちばん最初に使ったのは『グラビティ』という、いまのバルトロにあたる大型バックパックでしたが、その背負い心地の良さに惚れ込み、以来グレゴリー一辺倒。現在は容量や用途によって使い分けています」

整備や個人的な山行での出番が多いのはアルピニストだが、ガイド山行で活躍するのがパラゴン。グリーンシーズンの山小屋泊の縦走には、軽量かつ背負い心地が良いパラゴンがフィットするそう。
「パッキングが肝のアルピニストは玄人好みのモデル。それに対してパラゴンは、誰が背負っても快適で使いやすい、バランスのとれたバックパックです。軽量化を図っている分、シンプルな造りになっていますが、しなやかなヒップベルトはフィット感がよく、数日間のバックパッキングに最適です」
そんなパラゴンを使いこなすための中野さんならではのTIPSは?

「なにも考えずに背負って快適に歩けるモデルですが、ストラップを遊ばせているなど、バックパックの細かな機能を生かしきれていない登山者が多いと感じています。すべての機能、ストラップの役割を理解して調整することで、背負い心地は格段によくなりますよ。面倒くさがらず、きちんと調整して歩いてみてください」

中野さんがバックパックの使い方で気になっているのは、多くの登山者がさまざまなギアを外づけていること。とくに近年、小型のバックパックにたくさんの装備を外付けする登山者を散見するようになった。

「パラゴンに限らず全てのモデルに言えることですが、ギアの外付けは控えめにしてほしいと思っています。道幅が広いアメリカやニュージーランドのトレイルなら外付けにしてもよいかもしれませんが、日本の登山道の多くは道幅が狭く、すれ違いの際に他の登山者に当たってしまったり、自らがバランスを崩したり、岩や枝にひっかかって転倒や滑落したりとさまざまな危険性が潜んでいるうえ、ギアそのものを傷つけてしまう可能性もあります。バックパックに入るものはすべて収める、そのためのパッキング術を向上させる。装備が入りきらないなら、バックパックの容量を上げる、もしくは装備を減らす。『この外付けは危ない』とか、『パッキングをもっと工夫できるかも』という視点で装備やバックパックのマネジメントを行うことは、登山に対する安全意識を高めることにつながるはずです」
Text:RYOKO KURAISHI
Photographer:HAO MODA