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自然の愉しみかたを知る人たちvol.1 新井直之
自然の中で自分と向き合うと、やりたいことが明確になる

 

2024.07.12

自然の愉しみ方は、気軽なデイハイクから数日間かけてゆく登山まで人ぞれぞれ。自分のペースや距離感で、自分にあった自然の愉しみかたを知る方に、自然との関わり方を尋ねるシリーズ「自然の愉しみ方を知る人たち」。第一回は、シェフの新井直之さん。

新井さんは、東京・豊島区にあるレストラン〈Cadota(カドタ)〉のシェフ。西武池袋線・東長崎駅に2023年に誕生した小さなイタリアンレストランは、地元に溶け込み、新井さんが店前でパスタを作る風景は、東長崎の名物になりつつある。
東長崎という街を盛り上げたい
「以前、知人と豊島区の要町でレストランをやっていたのですが、同じ豊島区の東長崎に〈MIA MIA(マイアマイア)〉という素敵なカフェがオープンしたことを知って。お気に入りになって通っているうちに東長崎という場所も好きになり、近くでお店をやれたら街を盛り上げられるのではないか、楽しいことができるのではないかと思ったのが、ここに〈Cadota〉をオープンしたきっかけなんです」

〈Cadota〉があるのは、その〈MIA MIA〉の目と鼻の先。〈Cadota〉ではコーヒーを提供していないため、食後にコーヒーを飲みたいという人がいるときには、〈MIA MIA〉から届けてもらうこともあるのだとか。

「Cadotaに足を運んでくれた方に、東長崎という町のリピーターになってほしいなという気持ちがあるんです。うちはカウンター席がメインなので、お客さんとよくコミュニケーションをとるのですが、東長崎にあるクラフトチョコレートや小鹿田焼(おんたやき)、日本酒の美味しいお店を紹介したりしています。東長崎の街をホッピングして楽しんでもらえたら、“また来たい”って思ってもらえるでしょうし、街を盛り上げることにも繋がるのかなと」
身近な自然 身近な土
店前で作っている耳たぶのような形のパスタは、オレキエッテと呼ばれているもの。新井さんが20代後半のときに、3か月ほど修行で滞在したイタリア・プーリア州の名物でもある。〈Cadota〉は、そんなオレキエッテなどのイタリア料理をベースにしたカジュアルなレストラン。気さくな雰囲気な一方で、徳島県の鹿や千葉県の猪といったジビエ、茨城県の放し飼いの鴨を使うなど、食材選びには新井さんならではの骨太なこだわりがある。

「生ハムは仕入れていますが、それ以外に牛、豚、鶏は使っていないんです。コストは高いのですが、野生味のあるエネルギッシュな味が好きなのと、カジュアルレストランなのにジビエという珍しさが価値になるのではないかという気持ちもあります。猪や鹿はハンターさんからなるべく一頭買いするようにしています。人気のある部位だけを買うよりも一頭の動物を使い切れますし、ハンターさんを経済的に支援することにもなります」

また、それが地球環境の維持に役立つのではないかという思いもある。

「農家の方と話をすると、猪などの野生動物に畑を荒らされて困るという話をよく聞きます。では、なぜ野生動物が山から降りてくるかというと、林業の衰退が原因の1つに挙げられます。その林業に携わる人たちにとっては、原木椎茸栽培が重要なビジネスになっていることもあって、うちでもその椎茸を仕入れています。自分がやっていることが地球環境の保護に繋がるのかどうかは、話の規模が大きすぎて正直わからないのですが、食材を仕入れる農家やハンターの方を支えることができたら嬉しいですし、身近な自然環境の維持の手助けにはなるのかなと思っています」
身近な自然、身近な土は新井さんにとって守っていきたい大切なものだ。

「実家が狭山茶を作っている農家だったのですが、取引していたお茶屋さんが廃業してしまったこともあって、茶作りをやめていたんです。その空き地を駐車場にしたいという企業からのオファーがあって、土地を貸し出す話が進んでいたのですが、茶畑は私の幼少期の遊び場でしたし、そこがコンクリートや砂利で埋められてしまうのは悲しいなと。家族にもお願いして駐車場の話は断り、土を維持するためにそこでイチジクを育てています。3人いる子どもたちの遊び場にもなっていますし、これからも自分の手が届く範囲の土地を子どもたちや次の世代のために守っていけたらという気持ちがあります。近くにワイナリーがあることもあって、今後は葡萄を作ってみたいなと思っています。子どもも喜びそうですしね」
自然の中ではやりたいことが明確になる
20代の頃はよく登山を楽しみ、北岳、金峰山、二子山、両神山、甲武信岳などに登っていたという新井さん。今は家族で近くの山へハイキングやオートキャンプに出かけたり、焚き火を楽しんだりすることが多いそう。
「オートキャンプの際はピザ釜を持っていってピザを焼いたりしています。子どもたちに人気なのはソーセージや焼きマシュマロですね。それだけ食べてあとはずっと遊んでいます(笑)。山の中で食べるにしても、ただの栄養補給で終わるのはちょっともったいないなという気持ちがあって。どうせなら美味しいものが食べたいですし、家族にも楽しんでもらいたいなと。フライパンでステーキを焼いたり、焚き火で焼き芋を作ったりもしています」
コーヒーも、アウトドア用のコーヒーミルと豆を持参し、豆を挽いて淹れる。

「インスタントのほうが手軽ですし、荷物も軽くできるんですけど、私は重さは我慢して、食事のためにいろいろと持っていきたいタイプで(笑)。山の中で豆を挽いてコーヒーを飲む時間のことを考えたら、重さは気になりません!」
山を歩く時間。それも新井さんの中で大切なことのひとつ。

「普段、仕事をしたり日常生活を送っていると、意識は自分の外側に向いています。ひとりで山を歩いていると、足元の草花や、木の葉など普段はあまり意識しないものが見えてくるようになる。それと同時に、外側に向いていた意識が自分の内側に向いてくる感覚があります。メディテーションをしているような感じかもしれません。最近はなかなかそういう時間がとれないのですが、山をひとりで歩くと自分と向き合うことができ、自分が何をしたいのかが明確になるような気がします。山登りやハイキングは肉体的には疲れる部分がありますが、私の場合はもらえるヒントの方が大きいですね」

新井直之(あらい なおゆき)

レストラン〈Cadota〉のオーナーシェフ。参宮橋の〈LIFE son〉、要町〈fra..〉でシェフを務め2023年4月に〈Cadota〉をオープン。南イタリア・プーリア州での修行時に、地産地消や生産者との関係を学ぶ。コロナ禍で打撃を受けた小規模生産者の現状や野菜について知ってもらうための「Kitchen Farming Project」に参加、その模様は「New York Times」の記事にもなった。

Text:Fumihito Kouzu
Photo:Nathalie Cantacuzino