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自然の愉しみかたを知る人たち
vol.2 加々見太地
山から戻ると街並みが、ちょっと違って見える

 

2024.08.09

自分のペースや距離感で、自分にあった自然の愉しみかたを知る方に、自然との関わり方を尋ねるシリーズ「自然の愉しみ方を知る人たち」。第二回は、彫刻家の加々見太地さん。

登山やクライミングを通して得られた自身の身体感覚や、アーティスト・イン・レジデンス*プロジェクトとして訪れた土地の文化や歴史をテーマとした数々の作品を発表している加々見さん。現在は月の半分を山梨県・北杜市にあるアート活動のための多目的施設『GASBON METABOLISM(以下GASBON)』で過ごし、制作活動を行っているという。加々見さんがGASBONに初めて訪れたのは2021年のオープン前のことだったが、それよりもずっと昔から北杜市にはゆかりがあるそうだ。

「父親の実家が八ヶ岳連峰の山麓に位置する清里高原にあり、小さい頃からよく通っていたのでこの辺りの風景には馴染みがありました。幼少期は景色を気にしたことなどありませんでしたが、小学校高学年の頃に親の影響で椎名誠さんやカヌーイストの野田知佑さん、星野道夫さんなどの本を読みはじめると“この世界はなんて自由でおもしろいんだ”と自然に興味を持つようになって。その後に北杜市へ来てみると、景色がまるで違って見えたんです。南アルプスと八ヶ岳、富士山にぐるりと囲まれた景色は圧巻で、自分もあの山に行ってみたい、自然と触れ合いたいと思い、一つの手段として登山を始めました」

*アーティストが一定期間ある地域に留まり、制作・発表を行うこと
あらゆる感覚が開く、冬山の存在
登山、クライミング、トレイルランニングなど人によって山との向き合い方はさまざまだが、加々見さんをとくに惹きつけるのが雪山なのだそう。初めて冬の北八ヶ岳に入ったのは、大学生のとき。その静けさと自然本来の表情にすっかり魅了され、2018年にはヒマラヤのアイランドピーク、さらに翌年にはアラスカのデナリ山と徐々に本格的な山に踏み込むようになる。
「冬の山は雪に覆われるので登山道にとらわれなくなったり、山小屋の存在がほぼなくなったりと、一番純粋な状態になっている気がするんです。もっと自由に、自分の登りたい山と向き合おうと思ったときに、それなら岩壁を登る技術も必要だとクライミングを始めました。国内外問わず斜度がきつくなったり、岩場のセクションが出てきたりすると、技術がなければ安全に行って帰ってくることができなくなるので」

チャレンジングな山々も、加々見さんにとっては挑むものではなく、愉しむものという表現がぴったりくる。

「厳かな自然や原生の自然に対して取り立てて“偉大だ”というイメージはあまりないんです。きちんと準備をして、やることをやっていれば、自然とうまく調和できるというのが感覚としてわかってきたから。もちろん吹雪や嵐など無理な時は無理、というのも含めて、自分がその場に身を投じている喜びがあります。単純に山に行くのが好きというのもありますね。

クライミングの世界では、山の地形や氷雪の状況と、クライマーのパフォーマンスが噛み合って滑らかに登ることを「美しい(芸術的な)ライン」と表現することがあります。素材と触れ合いながら何かを実現しようとする、対峙の構図みたいなものがアーティストによく似ていると思っていて、その言葉が示しているクライマーのスタンスやビジョンについて気になっています。僕の場合はクライマーとアーティスト両方の顔があるから、山に入ることと制作を同時に行うことで、自分にしか表現できない作品が生み出せるのではと日々実践しているところです」
山と街を繋ぐ、GASBONという表現の場所
加々見さんが山遊びのフィールドとしてよく選択するという瑞牆山(みずがきやま)や北アルプスへ東京から通ううちに、北杜市という存在もさらに大きくなっていった。

「ある日、あまり自然と繋がりがない友達のSNSにたまたま北杜市から眺めた南アルプスの景色が写っていたんです。ちょうどそのとき近くにいたので連絡をしてみたら、なにやらGASBONというアート施設ができるという。その時はまだがらんどうでしたが、後日運営代表である西野慎二郎さんに作品のプレゼンテーションをして、すぐに関係が始まりました」

カメラ三脚ブランドの工場跡地を改装したGASBONは、1,000㎡以上の敷地面積を誇る多目的施設だ。「文化的で良質な新陳代謝を促す」ことを目的に、国内外のアーティストが作品の制作や撮影をするためのスタジオ、作品を披露するギャラリー、長期滞在しながら作品作りに没頭できるレジデンス、大きな作品と資材を保管する倉庫など、さまざまな機能をもたらしている。
「ここは瑞牆山まで約30分と、山との距離が近い。自分のライフスタイルを構築する大事な場所に、制作の場があるのはとてもありがたいです。普段出会わないようなアーティストや文化も流入していて、開かれた場所であることも大きい。たとえば最近GASBONの近所で陶芸用の薪窯を管理しているおじさんたちと出会い、存続危機ということで一緒に活動することになったんです。焼き物はまったくの素人なんですが、普段クライミングで馴染みのある花崗岩を作品と一緒に焼いてみたら面白い変化が起きたり、燃えた薪の灰がかぶって思いもよらなかった表情が生まれたりと、その奥深さにすっかりハマってしまいました。そういった、ここで制作していたからこそ生まれた作品もいくつかあります。
常にインプットができて飽きない反面、「楽しすぎる」という難点もあります(笑)。集中して制作をしようと思ったら、隣の『MANGOSTEEN』でDJイベントがあるので来ない? と誘われることも。今までそういったカルチャーに触れる機会はあまりなかったんですが、パーティーの賑やかさみたいなものも嫌いじゃないんです。それはそれで楽しみながら、週末にはアルプスの雪の稜線で静寂に包まれると不思議な感覚になる。そのギャップがまたおもしろくて。山と日常の往還に、制作のヒントがあると感じています」

普段の活動から冒険的な要素が注目されやすい加々見さんだが、低山のハイキングやキャンプといったアクティビティも好きだという。ただしそれらに共通して言えるのが、リフレッシュするための“週末限定レジャー”ではないということ。

「ブラックな平日を過ごし、週末に自然に触れてなんとかリセットし、また日常に戻るというルーティン化された風潮があまり好きではなくて。本来自然は、消費するためのものではないから。山から東京に帰ってくると、表参道の街並みがちょっと違って見えたりしますよね。その感覚が大切というか、大なり小なり、山は過去の自分には戻れなくなる体験や癒しを得て、その都度世界を更新していく場所だと思うんです」
農村で再認識した自然との向き合い方
今年の冬は山形県飯豊町に滞在し、土地の人々や関わりを深めながら作品を制作するアーティスト・イン・レジデンスにも参加した。「飯豊町にはストレンジャーとして入ったので、数週間関わったところで彼らが見ている本当の世界はわからない。でもしばらくすると、彼らが森と関わって暮らしているその生態系だけは少しずつわかってきて、自分もなるべくなぞるように滞在、制作しました。木を伐倒し、火を起こし、作った薪をくべる。なるべく自らの手を動かして、生きるための仕事に関わりながら感触を得て、それを作品に落とし込んでいく作業をしました。

クライミングや登山に偏ると、山が“遊び場”としての対象でしか見えてこない時があるんですが、農村に暮らす人々の山の捉え方は当然違います。生活の延長線上に山があるから身のこなしも洗練されているし、服装も長靴とヤッケ、以上、みたいな。自然保護的な観点もほぼないんですよ。自然は保護する対象ではなく、資源だから。それを当たり前のように枯らさないよう、絶やさないようにすることが人びとの中に根付いている。飯豊山麓にはすごく綺麗なブナの森があるのですが、そこも原生の森というわけではなく、一度炭焼きで伐られた木の切り株から孫生え(ひこばえ)が枝分かれして、5〜60年経ったような痕跡があるんですよね。それこそ人と自然が共存してきた証であり、これも一つの調和の姿だなと。暮らしに即したこの感覚は忘れちゃいけないなと強く感じました」

自然体験の中で得た感覚を落とし込む際に、素材は選ばない。飯豊町での制作のように炭化した幹や生木の切り株から彫刻を立ち上げることもあれば、フィルムカメラに収めた広大な山々を窓一面に展示することもある。GASBON内の一角には、春先に雲ノ平で採取した雪を自ら急いで担ぎ下ろし、溶けないうちに制作した『雪の重さをしることは』という彫刻作品が、小さな冷凍庫の中に展示されている。
“冬の間、大地から吹き付ける冷たい北西の風が、日本海から立ち昇った水蒸気を多分に含んで山にぶつかり、雪雲となって雲ノ平に大量の雪を降らせる。春の訪れとともに溶け出した雪は、山を削りながら黒部川の急流となって日本海に注ぐ。(中略)
山をめぐる水の循環がしたためた記憶の積層に、僕たちが山にみる夢の秘密が在るような気がしてならない。“
「雪の重さを知ることは」より

自然の大きな循環を表したというこの作品は、自ら2,600mの山を登り、雪を削り、運び、彫るという、まさに身体と山の間を行き来する彼の次元(ディメンション)が表現されている。

「学生時代から表現者として「この山を登る行為ってなんだろう」という問いを自分に投げかけていているのですが、それはこれからも続くと思います。直近の遠征はカナダ。その後は来年の春に再びアラスカ。もちろんそこで得た体験も、何かしらの形にしていく予定です」

加々見太地(かがみ たいち)

神奈川県生まれ。 2020年、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。 自身の身体で感じた世界や自然を通して、彫刻や写真を発表している。 登山活動にも力を入れており、ヒマラヤやアラスカでの登山を経験。

Text:Yumi Kurosawa
Photo:Nathalie Cantacuzino