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自然の愉しみかたを知る人たちvol.3
鈴木優香
自然の愉しみかたを知る人たち
vol.3 鈴木優香
目的を定めないからこそ、自然と感じられるもの

 

2024.10.11

自分のペースや距離感で、自分にあった自然の愉しみかたを知る方に、自然との関わり方を尋ねるシリーズ「自然の愉しみ方を知る人たち」。第三回は、山岳収集家の鈴木優香さん。山を歩くなかで美しいと感じたシーン、人や物を写真に収め、それをもとにプロダクト制作や執筆を行っている鈴木さん。大学院を卒業後、アウトドアメーカーに就職後、山を訪れる機会が増え、自然と登山にのめり込んでいった。
好きなことを掛け合わせて生まれたプロジェクト
独立したのは2016年。就職前から、いつかは独立して好きなことを仕事にしたいという気持ちはあったものの、具体的に何をするかを決める前に、会社を離れたのだという。

「独立をしてから、自分が好きなこと、やりたいことは何だろうと改めて考えて。山、写真、布の3つを掛け合わせたのが、山で見た景色をハンカチに仕立てていく『MOUNTAIN COLLECTOR』というプロジェクトです」
アウトドアメーカーで商品デザインをしていた頃から、“布”という素材に思い入れがあった鈴木さんが、ハンカチをチョイスしたのは必然だったのかもしれない。

「『MOUNTAIN COLLECTOR』のハンカチには、山の中で吹く冷たい風、澄み渡る空気をイメージして、薄手のコットンを選びました。光を通す薄手の生地は手に取る場所の明るさによっては像が見えなくなるほど透け、畳んで生地が重なり合うと深い色合いになります。そういった変化が、時間経過や天候によって移り変わる山の景色と似ているなとも思っています」
楽しむからこそ目にとまるもの
『MOUNTAIN COLLECTOR』の活動では、山の中で撮影した写真をハンカチに落とし込んでいる。しかし、鈴木さんは山に入る際、写真を撮ることを目的にしないのだという。

「写真を撮ることよりも、まずは山を楽しむことを第一に考えています。山を楽しみながら歩いている道中で、心が動かされたものがあったら写真に収める。なので、撮りたいイメージを固めて山に入ることはなくて、たくさん撮るときもあれば、全く撮らない日もあるんです」

また、山頂からの有名な景色、その山の代名詞的な植物といった特定の対象を目指すことも、基本的にはない。

「去年、初めてお目当ての花を見にいく山行をやってみて、それはそれで良かったのですが、目的のものがあると、どうしてもそればかりが目に入って、他のものが見えなくなってしまいます。特定の何かを撮ろうとするのではなく、目の前にある景色を大切に見つめながら山を歩きたいんです」
被写体を決めない。それゆえ、登山の日が曇っていても、雨が降っていても気にならない。

「雨が降ると、遠くの景色が見えなくて残念だなと思う人もいるかもしれませんが、遠くが見えないときはより近くを見るようになりますし、曇りの日、雨の日にしか見えない景色もあります。同じ山に入っても、季節や天候によって撮りたくなるものは変わるので、その日、その時を楽しむようにしています」

同じ山に通い続けると、撮りたいものが変わることもある。

「山に登り始めた頃は、登山のカルチャーにとても興味があったことも影響して、山小屋の中での出来事をよく撮っていたのですが、何度も通っていると、岩肌の質感や立ち並ぶ木々の姿形など、自然の造形に目が向くようになりました。でも海外に行くと、そもそも山のスケールが大きいことと、文化や植生の違いも相まって、より大きい視点で周りを見るようになって。その海外の山々も再び訪れたら、また違った見え方をするのだと思います」

フィルムで撮影されている点も鈴木さんの作品の特徴だ。
「フィルムは最近ますます高くなっていて大変ではあるのですが、それでもフィルムで撮りたいなと。フィルムの質感が好きというのはもちろんあるのですが、フィルムの場合、デジタルと違って撮れる枚数が限れられていて、その場で確認することもできないからこそ、何を撮るのか、どう撮るのかという判断をその都度する必要があります。その分、被写体とじっくりと真剣に向き合うので、撮ったものがしっかりと自分の中に残る感覚があるんです」
山で過ごす時間は、大事なことを再確認できる時間
カメラを手にして入る山は、どのようにして選んでいるのだろうか。

「登山を始めた頃は、人に誘われて山へ行くことが多く、自分で山を選ぶことは少なかったのですが、最近はそういう経験を経て、あそこへ行こうかな、行ってみたいなという気持ちが自然と湧いてくるようになりました。とは言っても、山頂から見えた山や、旅の途中で目にした山であることが多いのですが。登山や旅が、次の目的地へと繋げてくれる感じですね」
最近は、海外にトレッキングに行く際、現地で雑貨を買い付けて販売をしたり、鈴木さんのデザインで現地の工房に制作を依頼する、といった活動もしている。山を歩くだけでなく、その麓の街でも面白いことができたらと考えているそうだ。

「山に登ることだけでなく、山のモチーフの雑貨も好きなので、そういった類のものを選んでいます。それは本業ではないので、余裕があったら、気が向いたらという範囲ではあるのですが、旅のお裾分けができたらなという気持ちでやっています。山登りも旅も自分のためのライフワークですが、誰かと共有したくなることもあり、それが買い付けによるお裾分けに繋がっているのだと思います」

山登りはライフワークであり、撮影は作品作りのためのものでもある。山で過ごす時間は鈴木さんにとってどんなものなのだろうか。

「撮影してきたものを作品として昇華させる制作期間中は、あまり山に行けないのですが、そうすると頭の中がいっぱいになってしまうことがあって。けれど山に入ったり、自然の中に身を置くと、思考がクリアになって大事なことを再確認できるような感覚があります。久しぶりに山に入ると、やっぱり山が好きなんだな、帰ってきたなという気持ちになりますし、自然の中にいる自分のことは結構好きだなと思えます」

鈴木優香(すずき ゆか)

山岳収集家。東京藝術大学大学院修了後、アウトドアメーカーの商品デザイナーを経て独立。現在はライフワークとして世界中の山を旅しながら、道中で出合う美しい瞬間を拾い集めるように写真に収めている。

Text:Fumihito Kouzu
Photo:Nathalie Cantacuzino