自然の愉しみかたを知る人たち
vol .4 村田美沙
人と人の間にある自然
2024.11.08
〈Verseau(ヴェルソー)〉というハーバルドリンクのブランドを通して、ハーブを日々の生活に取り入れることを提案してきた村田美沙さん。数年前に拠点を東京から京都に移し、ブランドの運営に加えてアーティストとしての活動も本格化させている。
植物療法士からハーバルライフスタイリストへ
自身の体調不良をきっかけに日本国内で植物療法士の勉強をはじめたという村田さんは、実際にハーブが生活の中にある様子を知りたいと欧州へ渡った。
「フランスのエクス・アン・プロバンスというラヴェンダーで有名な地域の農家さんに長期滞在しました。思い返せばフィールドワークのような感じでした。ホームステイという体験自体も初めてだったし、発見はたくさんありました。
日本ではハーブや植物療法にはちょっと固定化されたイメージがついてしまっているように感じていたんですが、フランスでのファームステイでは衣食住すべてに植物やハーブが関わっていたんです」
滞在先で身近に使われているハーブは、“治療”のために処方するというよりも生活の一部として在ったという。日本に戻った村田さんは、そうした植物と人との関係を伝えたいと考えた。
「まずは自分が溜め込んでいるものを外に出していきたいと、地元の愛知から東京に拠点を移してワークショップをスタートしました。それと並行して一番大事な日本各地のハーブ農家さんを回っていった。欧州からの旅の延長のような一年を過ごしました」
そんな時にパンデミックが起こった。ワークショップを続けたり、地方の生産者を訪ねたりすることは叶わなくなった。
「タイミングとしては、ワークショップを通して自分自身で伝えなくてもプロダクトを通して発信できるのではないかと考えている時期でもありました。そのまま動き続けていたら、きっとパンクしていた。自分自身が忙しさで体調を崩すこともありました。健康な生活を伝えるために活動しているのに、と矛盾を感じたりもして。
ただ、パンデミックって、ひとりの健康を考えるというところから、みんなの健康を考えるというところに強制的に切り替わった。そうしたポジティブな面を捉えて、どうしたら今の状態で自分の伝えたいことを届けられるだろうと考えていました」
そして村田さんが立ち上げたのが、ハーバルドリンクのブランド〈Verseau(ヴェルソー)〉だった。日本の農家から仕入れたハーブで作った、“飲んだ人がふっと素直になれるようなハーブのやさしさと強さが詰まったプロダクト。”生活の中に植物の力を自然に取り入れる、そんな考え方が受け入れられて、〈Verseau(ヴェルソー)〉は多くの支持を集めている。
Photo:Verseau
京都は自然と近い場所
ワークショップの開催からブランド立ち上げと忙しく活動してきた村田さんは、数年前に京都に移住した。京都は都市のイメージがあるけれど、大文字山や鴨川など身近な自然が多く、お祭りを通じて人々も季節を敏感に感じながら過ごしている。そんな自然に寄り添った時間の中で、ブランドではできない表現をアーティストとして実践する良い循環が生まれている。
「東京に拠点がありましたが、農家さんを訪ねたり、地方や自然と都市との行き来することが自分の理想ではあったので、やはりパンデミックの後すぐは息苦しさを感じることはありました」
そこで、村田さんは東京の家を引き払い、地元の愛知で過ごしながら仕事を続けるという選択をする。そんな時に京都と縁が深まる出来事があった。
「フランスで仲良くなったアーティストから、京都に滞在して作品を作ることになったと連絡をもらったんです。そこでわたしも作品を手伝うことになって、京都に定期的に来るようになりました。それが京都に移ろうと思った大きなきっかけですね」
そうして生まれた作品がセリーヌ・ペルセとの共同制作となる『
東山ハイク』。参加者が京都・東山の自然に触れながら体感するパフォーマンス型の作品だ。
作品名:東山-常滑 山は海、逆もまた然り。 協働: Céline Pelcé(FR) 写真:Daisuke takasige
作品名:東山-常滑 山は海、逆もまた然り。 協働: Céline Pelcé(FR) 写真: Daisuke takasige
作品名:東山-常滑 山は海、逆もまた然り。 協働: Céline Pelcé(FR) 写真:Daisuke takasige
「東山をフィールドにした作品を作って、自然の中にいながら自分の表現方法を考えたり、ハーブや自然を俯瞰して考えるきっかけになりました。自然との距離が近い京都を拠点にしながら活動することが、自分の中で負担も少なくて新しい動き方ができそうかなって手応えを感じました」
京都の街と自然と人に触れて、村田さんの活動はより自由で伸びやかなものになった。
「ハーバルドリンクのブランドである〈Verseau(ヴェルソー)〉を長く続けていこうとした時に、自分はこんな表現をしたいけどビジネスとしては成り立たないよな、ということもたくさん出てきていた。それを切り分けたかったタイミングで、セリーヌとのコラボレーションがありました。それに〈Verseau(ヴェルソー)〉というブランドが独り立ちするにつれ、それと重ならない部分の自分の表現をどうしていくかという課題もあった」
そんな時に村田さんは、平野啓一郎の書籍『私とは何か__個人から分人へ』を勧められて手に取ったそうだ。そこで語られる分人主義とは、“私とは分割できない一つの「本当の自分」が存在するのではなく、対人関係や環境ごとに異なる複数の人格があり、そのすべてを「本当の自分」と認める考え方”のこと。村田さんは、ビジネスとして〈Verseau(ヴェルソー)〉を運営する自分も、アーティストとして自由に表現する自分も矛盾なく受け入れることができるようになった。
お茶 人と人の間にある自然
村田さんのアーティストとしての活動は枠にとらわれない自由なものだが、その作品のひとつに「奉茶(台湾の呼び方でフォンチャ)」をモチーフにしたものがある。奉茶とはかつて台湾にあった、通りすがりの人にお茶を振る舞う習慣のこと。人と人のコミュニケーションに当たり前にあるはずのお茶、それについて再考したいという想いから作品は生まれた。
作品名:「奉茶これくしよん 01」 写真:林科呈
作品名:「奉茶これくしよん 01」 写真:林科呈
作品名:「奉茶これくしよん 01」 写真:林科呈
「台湾でアーティストインレジデンス(その地に招待されて滞在し、作品制作をすること)に参加した時に、薬缶でフリーにお茶を淹れるというパフォーマンスをして、それを写真に撮った作品があります。全然共通言語もないおじいちゃん、おばあちゃんとか、子どもとか若い人の会話が進んでいくのを客観的に観ると気づくことがありました。以前はあったけど、なくなってしまったコミュニケーションの在り方だったり」
村田さんは京都でも大文字山や鴨川で「奉茶」を行って、道ゆく見知らぬ人にお茶を振る舞うなどコミュニケーションを楽しんでいるそうだ。村田さんの関心は自然そのものから、自然を通して人が繋がることにシフトしている。
「最初はアーティストとして活動する上でも植物をテーマにしなくてはいけないんじゃないか、そうしないと矛盾するんじゃないかという気持ちもあったんです。でも原点回帰をした時にハーブや植物を伝えたいという気持ちは本当だけれど、そもそもはそれを通して人とコミュニケーションしたい、ハーブや植物というフィルターを通して人と心地の良い関わり方ができるというのがスタートだった。だからコミュニケーションしたいというところが、自分のアーティストとしての軸になるんだと思うんです」
村田美沙(むらた みさ)
植物療法士、アーティスト。
自身の体質の改善をきっかけに植物療法士の資格を取得。その後植物療法の本場である渡欧し、欧州に根付くハーブの文化や食の大切さを体感する。帰国後はその経験を生かし、植物療法をベースとした暮らし衣食住を提案するVerseau(ヴェルソー)を立ち上げる。また、アーティスト活動では自然を介して人と人が繋がる「コミュニケーションアート」として表現することを目指し、自然素材を使用した対話型の作品を制作している。
Text:Masaomi Matsuda
Photo:Kana Anzai